2019年4月27日土曜日

(番外)土井栄先生と挿絵

土井栄さんのサイトがなくなってしまった。
ご子息が運営されていたのだが、突然閉鎖されて、ものすごくショックを受けている。

没後、挿絵画家の絵を見る手段はほぼ書籍しかない。それも絶版になると、将来国会図書館で公表されるのを待つしかない。今年から著作権の没後の有効期間が20年延びて70年になった。あまり気にされる方は多くはないが、私のように昭和初期の書籍を好む者にとってこれは致命的だ。土井さんの著作権が切れるのはまだ30年近くも先なのだ。

以前よりちょくちょく土井さんが挿絵を担当された書籍を集めてはいたが、サイトがなくなったことを知って慌ててさらに収集した。多くの場合は賭けである。挿絵がどのくらい挿入されているかはわからず、古書を取り寄せるのだから。

土井さんの真骨頂は新聞小説の挿絵だった。
新聞小説の挿絵は、やがて書籍化されてもすべては収録されない。場合によってはまったく収録されないこともある。
その意味で、新聞小説の挿絵を惜しげもなく掲載されていたご子息のサイトは最高に素晴らしかった。

とにかく私はこの人の絵が好きなのだ。こんなに上手な人を私は数えるほどしか知らない。
だが、日ごろ他の挿絵画家を紹介するほどの熱で土井さんを紹介したことがなかった。
なぜなら、できる限り誰にも教えたくなかったからだ。それほど私にとっては特別な人だった。誰にも教えず、こっそり真似して描いた。今でもずっと真似し続けているけれど、全然近づけない。
でも真似しないといけない気がした。かつてのように、挿絵画家が弟子を取るのが当たり前だった時代ではないのだ。誰かがその技を引き継いでいかないといけない。そういう意味で、勝手に弟子を自称したいと思っている。

以前にも紹介したのだが、デジタルコレクションで公表されている土井さんの本を1冊紹介したい。
「忠烈美譚 輝く肉弾」昭和13 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1169956
こちらは許諾公開されている。
土井さんのお名前は書かれていないが、絵柄とサインで判別した。
戦後のタッチはもっとラフな感じになるのだが、そちらの方が生き生きしていて好きだ。
戦時下では思うように描けなかった事情もあるだろう。
今どうにか入手できる本の中では、こちらが素晴らしい。

この方に限らず、私は様々な挿絵画家のタッチを真似して描く。パクりだろうとなんだろと、そうしないともう、その絵柄が残らないのだ。挿絵画家が継承制だった時代の末期の画家の絵柄は、誰かが意識して真似しないと残らないのだ。

私は色々なタッチで描くが、往々にして誰かの真似だと思ってもらっていい。大抵は大正から昭和初期にかけて活躍した画家の画風をデジタルで真似して再現している。
多分そういう人も必要なんじゃないかと思って毎日絵を描いている。
そしていつか土井先生の画風を完コピできるようになりたい。

2019年4月16日火曜日

(62)日本歴史実伝物語叢書. 3 (赤穂四十七士)

「日本歴史実伝物語叢書. 3 (赤穂四十七士)」昭和2
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1717466

図らずも3回連続で羽鳥古山先生特集になってしまいました。偶然です。


なんと、表紙と口絵が同じ!ありそうであんまりない!

古山先生、中身は安定のライトタッチ。


本文によると、武林隆重、間光興、吉田兼亮の3名のようですね。吉田さんが吉良発見時にいたというのは他の文献ではあまり見ませんが、こちらの本でも47人全員を何とか活躍させようとつとめて書かれていますのでそういう事なんでしょう。
手前の後ろ姿の人が吉田さんで、あとの二人は武林さんと間さん、特にどちらがどちらとはわかりませんが、私の想像では先に踏み込んだ間さんが左と思われます。

羽鳥古山先生は絵柄はあまり好みではありませんが(すみません)私の萌えを突くお仕事ばかりされていますね…。
サインが独特なのですぐわかります。

(64) 訓蒙開智・第2/生徒の革提

「訓蒙開智・第2/生徒の革提 」明治24 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1919205 明記されていないのでサイン識別になりますが、月耕の門下生だった小川耕一さんの挿絵ではないかと思われます。